Maika Loubté: 競争社会にさよならを。“諦め”に愛を。

最高傑作『Lucid Dreaming』にみる“手放すこと”の重要性

Mixmag Japan

『Lucid Dreaming』は昨年を代表するアルバムだった。その名の通り“明晰夢(自分で夢であると自覚しながら見ている夢のこと)”をコンセプトにしており、ドリームポップやインディーR&Bを基軸にしながら、ドラムンベースや軽快なエレクトロハウスなどのクラブミュージックからもアイデアを引っ張ってきている。本作ほど音像が豊かで、なおかつフレキシブルな作品は、世界規模で考えてもそう多くないだろう。

そういった内容の充実とは裏腹に、作者であるMaika Loubté本人にはどこか力の抜けた印象がある。本作に関連するMVを見ても、触れたら消えてしまいそうな繊細さと儚さがあり、あたかもこれが最後の作品になり得そうな雰囲気さえ感じられた。

しかし彼女は音楽を辞めるわけでも、無気力になったわけでもなかった。『Lucid Dreaming』以降のMaika Loubtéは、“手放すこと”に重要性を見出している。それは本来の意味における“諦め”ではなく、現在社会において極めてポジティブかつ理性的な行為だ。

― これまでもマイカさんの諸作品は聴いてきましたが、『Lucid Dreaming』は最高傑作だと思います。初っ端から変な質問で恐縮ですが、今作が最後だったりはしないですよね…?


Maika Loubté(以下、M): 音楽を辞めるってことですか?それはないです(笑)。続けますよ。


― ああ良かった!アルバム関連の曲の中で一番最後にMVが作られたのが「Zenbu Dreaming」だったと思うんですけども、勝手に最終回感を受け取ってしまいました。

M: いやでも実際、毎回「これで最後だ」と思って作ってるところはあります。毎回と言っても、まだそんなにたくさん出してるわけじゃないですけど。このアルバムを完成させてから何も考えられなかったのも確かですね。ある意味でマインドは少し変わりました。「競争社会はもういいや」って考えるようになったんですよね。自分が“音楽業界にいる”と括ってしまうことで、狭い世界で何かと戦っているような気持ちになるんですよ。その世界の中で一喜一憂することが、今は無意味なことに思えてしまって。


― それはコロナ禍が原因ですか?

M: コロナもそうですけど、この数年の間に大切な存在が亡くなってしまったんです。それがきっかけで、生まれてくることと死ぬことを一度同じテーブルに載せて考える時期がありました。人が生まれたらおめでたい、もしくは死んだら悲しいというように、なぜ人の生死に対してプラスとマイナスの感情が生まれるんだろうと。ちょっと仏教的な考え方かもしれませんけど、単なる現象でしかないわけじゃないですか。生まれることも死ぬことも意味はなくて、本来は言語化できないものだと思うんです。そういうことを考えながら『Lucid Dreaming』を作っていたら、音楽で競争に勝つようなことがどうでもよくなってしまった。無気力ともまた違って、言ってしまえば資本主義の中で戦うことに意味を見出せなくなってるんです。

Maika Loubté – 「Mist」

― パンデミック以降のエンタメ界にいる身としても実感できますね。資本主義の限界が元々見えていたところ、ウイルスによって引き金を引かれてしまった。

M: 次の考え方があっていいんですよね。人と比べるのも全く意味がないし、それはもう世の中によって仕組まれた“からくり”なんですよ。今回のアルバムは“自分の夢”っていう個人的なものをコンセプトにしてますけど、ある意味で開き直ってる部分があって。全体的な世界を対象化しようとしたところで、結局それは自分の見ている世界でしかない。であれば、自分のパーソナルな部分を作品として鮮明に残しておくことが最も誠実だと考えたんです。大切なのは、それを共有し合うこと。下手に“全体”を考えるよりよっぽどヘルシーだと感じます。

― なんだか“共有”っていうのが大事な気がします。所有や占有でなく。

M: 私もそう思います。結局のところ所有できるものなんて何もないですからね。トレイシー・チャップマンも「All That You Have Is Your Soul」で“あなたが持っているものは、あなたの魂だけ”と歌っているわけですし。家もお金も本質的に持っているものではなく、一時的な状態に過ぎないんですよね。私だけじゃなくて、特にコロナ禍以降はそういった感覚を持つ人が増えている気がします。ポジティブな諦めというか、手放すことの重要性をみんなが実感しているというか。

Maika Loubté – 「It’s So Natural ft. AAAMYYY」

― このアルバムの中で個人的に一番好きな曲が「It’s So Natural」なんですけども、タイトルからして今仰ったことに近いニュアンスが込められているように感じます。

M: 当初はそういったメッセージを込めようと思ってなかったんですけど、結果的にそうなってるかもしれないですね。この曲はドラムンベースの要素を取り入れて作ったんですけど、私がダンスミュージックを好きな理由って覚醒させてくれるところにあるんです。手放したりポジティブに諦める一方で、盲目的に“自分は何でもできる”と思わせてくれるというか。自信や根拠がなくとも自分を信じ切ることは、むしろ科学的に考えても大事なことだと思うんですね。今の世の中を生きてゆく上で、そういった機能を持つダンスミュージックが果たす役割って大きいのでは。それはまさしく肉体的な感覚を“共有”する意味でも。

― 前作『Closer』と今作を比較したときに大きな変化のひとつが、客演として参加したアーティストの存在だと感じます。「It’s So Natural」にはAAAMYYY、「System」にはRyan Hemsworth、「Show Me How」のリミックスワークも含めればKan Sanoも関わっていますが、異なるアーティストとのコラボレーションはまさしく音楽を“共有する”ことなわけですよね。しかも音楽は非言語的なコミュニケーションでもある。

M: そうですね。言葉でしか繋げられない価値観もあると思うんですけど、私は幼少期を海外で過ごしていたので、言語的に遮断された世界で生きていた経験があるんです。だから、言葉が通じなくとも音楽で通じる部分はあるはず、という期待感はあります。というか、当初はそれこそが救いでした。Ryanとは直接会ったことはないんですけど、彼と価値観を共有して音楽を作り上げられたのは自信になりましたね。「System」における言葉とサウンドの配合というか、加工の仕方はRyanからたくさんアイデアをもらいました。言葉を音楽的に解釈する試みは、以前から何度かチャレンジしているんです。今回のアルバムでは「Spider Dancing」なんかもそうですね。十代の頃にたくさん聴いていたSUPERCARの歌詞の語感などに今も影響を受けていて、意味よりも先に音を考えています。

Maika Loubté & Ryan Hemsworth – 「System」

― これまでのお話を伺ってますと、本作においては限りなく内側から出てくるエネルギーが重要だったのかなと推察します。何か外側からの影響はなかったですか?マイカさんはよくゲームに言及されてますが、コロナ禍にプレイしたゲームなどは…。

M: いっぱいやりましたね(笑)。コロナ禍に限ってもRPGの『moon』、『UNDERTALE』、その続編の『DELTARUNE』、『ファイナルファンタジーVI』など、色々手を出してます。ドット絵のRPGを細々とプレイするのが好きなんですよね。『MOTHER』も1~3までやりました。

― 今『UNDERTALE』の話が出たのでお聞きしたいんですが、トビー・フォックスみたいな若き天才が出てくると焦りませんか?彼は20代前半のときに『UNDERTALE』をほぼ一人で作ってしまったわけで…。

M: 本当ですよねー。彼にはぜひ長生きしてもらって、できるだけ多くのゲームを作ってもらわないと…(笑)。まぁでもやっぱり、そこは比べる必要ないのかなって。そう考えてしまったら、それこそからくりにハマってしまいますよ。…とは言え、自分と近い境遇で、なおかつ優れた才能を持つ人には少なからず影響を受けますよね。私も達観したことを言ってきましたが、人と自分を比べそうになることなんて全然あるので…。話が飛躍しますが、この間、マルクスの「資本論」について解説している番組を見ていて。その中でマルクスが「構想と実行の分離」を問題点として指摘しているという話があったんです。つまり労働者の多くは自分が思っていることと、実際に行わねばならない労働の内容が一致しておらず、それが続くとまるで自分がロボットであるかのように無力に感じてしまうと。権力者から命じられるままに作業をし、それがルーティン化すると個人のスキルも幸福度も上がらずに老いていく。しかし例えば陶芸家のような人たちってその2つが一致してるんですよね。それが本来は健全な労働なのであるという話で。今のは極端な例でしたが、トビー・フォックスはこの話でいうところの陶芸家、構想と実行が一致した上で、大成功した事例ですね。働き方に向き不向きはありますが、構想と行動の間に権力の介入がないっていうのは、ものづくりをする人には確かにそれだけで救いになると思うんです。

Maika Loubté – 「Spider Dancing」

M: で、私最近とあるゲームで労働者と権力者の立場を両方シミュレートできたんですよ。『Stardew Valley』という農業RPGなんですけど、かなり原始的な内容の作品でして。農場主になって、自分の暮らしに必要な分だけという気持ちで延々と畑を耕していると、その成果としてどんどん経済的に潤ってゆくんです。プレイしてる側もそれが楽しくなっちゃって、農場を広くして野菜を植えまくってたらめちゃくちゃ忙しくなってしまった(笑)。経営者側の視点もあって、大農場として成長してしまった暁には“必要な分だけあればいい”という思想はもはやなくなってしまうんですね。稼げるだけ稼げ!みたいな。ゲームとして面白いけど、段々虚しさも去来してくるっていう変な気持ちになりました。

― 『Stardew Valley』、面白いのがまた怖いですよね(笑)。でもマイカさんがこのインタビューでも仰ったように、現行の資本主義に限界を感じている人は少なくないと思います。

M: 大きな価値観の転換が近いうちに起きそうですよね。10年かからないんじゃないかって感じます。仮想空間やNFTなどが横を見たら転がってますけど、そういったテクノロジーが権威的じゃないところで実用化されると一気に変わって来るのかなって。それこそ“競争”の土俵に上げられていたものが崩れるというか。今よりもさらに個人対個人みたいな社会になるかもしれないですよね。世代間のギャップはもちろんあると思うんですけど、それはやっぱり生きてきた環境が違うから仕方ないとして、どうやって歩み寄っていくかが重要だと感じます。まさにどれだけ“共有”できるかっていう。

― 先ほど仰った“手放す”という言葉のポジティブな側面が見えてきたような気がします。ディストピアの中でも前向きに現状を整理していった結果というか。

M: そもそも「この世界はダメだ!」って考えることが普遍的なことだと思うんですよ(笑)。それは恐らく500年前のヨーロッパでも言われてる話で、大事なのは“知らないフリをしない”ってことなんじゃないですかね。カオスはカオスで問題ないと思うんです。むしろ全員が全員、同じ方向を見ている方が不健全に感じます。折り合いがつかないってことを前提にしながら、対話を続けられればいいなと。理想論ですけど、せめて理想ぐらいは追い続けたいですよね。

Maika Loubté – 「5AM」

― 「このあとは何も考えられない」と仰っていましたが、何か構想があれば差支えの無い範囲で教えてください。

M: 前々からテクスチャーをはぎ取った音楽に惹かれてて、それを『Lucid Dreaming』(アルバム)で実践できればと思っています。この間シンセサイザーだけで「System」を演奏してみたんですけど、結構成立するんじゃないかって手応えがあって。曲の中枢にあるメロディーに立ち返ってみたいんです。ダンスミュージックの要素だったり、装飾の無い状態の音でどれほど楽曲として成り立つのかに興味があります。それからスタジオを模様替えしたので、気軽にミュージシャンの人に遊びに来てもらいたい。皆さん、お待ちしてます。

Interview_Yuki Kawasaki

■ Maika Loubté 『Lucid Dreaming』
Label: WATER RECORDS
Tracklist:
1. I Was Swimming To The Shore And Heard This
2. Flower In The Dark
3. Mist
4. It’s So Natural 
5. Spider Dancing (Album edit) 
6. Demo CD-R From The Dead 
7. 5AM 
8. Kids On The Stage 
9. Broken Radio 
10. Show Me How (Album edit) 
11. Lucid Dreaming 
12. System 
13. Nagaretari 
14. Zenbu Dreaming
配信URL
https://lnk.to/ML_LucidDreaming

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